| 泉北ランニングクラブ 「アフリカ乱入」 |
大好きな椎名誠の本に「あやしい探検隊 アフリカ乱入」という本がある。
出発前日に、パンジョの紀伊国屋で購入し今回の旅行に持参。平成元年、椎名誠率いる「あやしい探検隊」も同じ道をキリマンジャロ登頂に向かっている。
その本のタイトルをちょっと勝手にお借りしました。 |
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| −キリマンジャロ登山準備編− |
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アフリカ行きを決めたのは、おそらく春の事だった。
が、「夏休みの宿題は、いつも、8月31日にベソをかきながらやる。」タイプで、しかも、日頃から登山を趣味としている訳でもない私には、当然、5,800mの山に登る為の装備などある訳が無い。「キリマンジャロ登山」に必要なあれやこれやは、10月に入ってもまだ揃っていなかった。
シュラフは、昔、姉が「山」にはまっていた頃に買ったものを借りることにした。
ポーターさんが登山の間運んでくれる、15kgの荷物を入れるザックは、昔、私が北海道を周遊券とヒッチハイクで旅行していた頃に使っていたものを、押入れの奥から引っ張り出してきた。
登山靴だけは既に9月に入った時点で購入!パンジョへのお買物に数回使用し、試運転済み!
その他、ダウンの防寒着、サブザック(身の回りの物を入れて、自分で持って登る)、「山服」と書かれたみかん箱に詰まった小物・衣類は、「かつての山男」広野さんが、「もう捨ててきてくれてもええで!」と言って貸してくれた。
10月21日。その日は、仕事の日ではなかったのだが、梅田へ出かけた。旅行中の18日間、「休んでもらっていいです。」と無茶苦茶寛大な対応をしてくださった仕事先に、「それでも、やっぱり誰もいないのは…」と思い、無茶苦茶勝手な私の身代わりを務めてくださる方を探し、その方へ仕事の説明・引継ぎをする為だ。
そのついで(?)に、大阪駅前第2ビルのIBSで約2時間、若い店員さんをひっぱり回し、最新素材の下着、靴下、サングラス、ヘッドランプ、食べる酸素等を購入!
出発10日前、やっと、標高5,800mに到達するに必要なあれやこれやが揃った。
後は、
「機内持ち込みの荷物を、広野と書かれたサブザックに7kg」、
「空港で預ける荷物をレンタルしたスーツケースに20kg」、
さらに登山時、その荷物を
「登山に必要のない荷物はスーツケースへ」
「ポーターさんに持ってもらう荷物は15kg」
「それ以外、登山に必要な物を持って、私が歩けるだけの○○kg」
と、足したり、引いたり、割ったり、掛けたり(はしないか…。)しながら荷物を分けるというなんだかとっても複雑な作業が残る。
まず、空港で預ける荷物のスーツケースを持って体重計にのる。「ん??」「やせた?」。稚子に「ちょっとのって!」「んっ??」「稚子、35kgしかないで!」「あかんなぁ〜」「壊れてるよなぁ」「あぁ〜ぁ…」。
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出発前日、姉のところに体重計を借りに…。
無事、体重測定を終え、スーツケースはピッタリ20kg!!登山時必要な水は現地で調達する事にし、必要なものは全てスーツケースと、広野さんのサブザックに収まった。
出発前夜、園生さんが、キリマンジャロの事が書かれてある本(写真がメインの図鑑のようなもの)と一緒に、黒田さんと私の分の「悠走」を持ってきてくれた。本は重たくて持って行けそうにないので、写真を見てキリマンジャロのイメージを膨らませ、「悠走」は飛行機の中で読もうと、旅行会社がくれた「旅のしおり」のようなものと一緒にクリアファイルにはさみ、忘れぬよう食卓の上において寝た。
出発当日、泉ヶ丘のリムジンバス乗り場まで、稚子がゴロゴロとスーツケースを押しながら見送ってくれた。
一人バスに乗る。退屈なので、「悠走」を読もうとザックを開ける。 やはりと言うか、当然というか、「悠走」はしっかり食卓の上に置いてきてしまった。他にも忘れ物がないかどうか少々不安になる。…が、意外な事に致命的な忘れ物はなく、かなり完璧な状態の準備態勢で出発する事ができた!!
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| −キリマンジャロ登山編− |
いよいよ明日から登山開始。
日本を出発する10日程前から、インターネットでキリマンジャロ登山に関する情報を探し始めた。(正直言って、それまでキリマンジャロが一体何メートルの山なのかさえよく分かっていなかった。)YAHOOの検索画面で、「キリマンジャロ」と入力し、検索ボタンを押す。
この夏キリマンジャロに登ってきたという大学生の記録を見ることが出来た。他にも3つ4つ同じように登山体験を記したサイトがあって、一様に最終日のピークアタックはかなり辛く苦しいものであったと書いてある。そして個人差はあれ、多少なりとも標高5,000mを超えると高山病の症状は出る…と。
高山病対策として「ダイアモックス」という薬のある事を知る。
予防薬としても使用もでき、治療薬としても効果があるらしい。
これまたインターネットで処方してくれる病院を探し、南森町に病院を見つけた。黒田さんはこんな薬は絶対使用しないであろうし、出来れば私も使用しないで登ってみたいと思う。が、「大金と貴重な時間を費やして行くからには、ピークに到達したい」という思いもあり、一応お守り代わりにと、出発5日前、仕事をピッタリ6時に切り上げ南森町に向かった。
「最近、僕も色々山に行きだしてねぇ〜。」「へぇ〜!キリマンジャロかぁ〜、ふぅ〜ん!!キリマンジャロかぁ〜!」なんて、呆れられたのか、感心されたのか、担当医の話しを聞きつつ、とにかく処方してもらい持ってきた。
夕方、ホテルに明日から我々のガイドを努めてくれる「Deus(デウス)」が(ガイドの派遣事務所(そんなものがあるのだろうか?)の)女性と2人で挨拶に来てくれた。明日の出発時間等、簡単に登山に関するスケジュールを告げ帰っていった。「Deus
is good guide」「No problem!」と彼女は言った。 |
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この日の、このホテルの泊まり客は我々だけのようである。夕食を終え、広々とした静まり返った部屋で、明日から山へ持って入る荷造りを始める。
完璧に揃ったはずの登山用品とナイロビのマーケットで買った水4リットル(高山病を防ぐにはとにかくたくさんの水分を取り、利尿作用を活発にする事が大切らしい。水はかなりの量を用意するようにと登山の手配をしてくれた旅行会社から言われていた。)と日本から持ってきた「伊右衛門」と「エビアン」をリュックに収める。
ベッドに入り、子守唄変わりに、椎名誠の「アフリカ乱入」を読む。本が面白いせいなのか、不安と緊張のせいなのか、時差のせいなのか、なかなか眠れない。「旅行に持って行けばいい」と友達が睡眠薬をくれたが、睡眠薬は高山病を引き起こす要因になるというのをインターネットの検索で知り、使用は控える。じっと目を瞑って時間が過ぎるのをただただ待った。 |
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| 登山初日 |
(マラングゲート→マンダラハット:歩行距離約12km)
この日は遅いスタート。
登山事務所で入山の手続きを終え、マラングゲートを出発したのは10:00を過ぎていた。今日、歩く距離は約12km。ガイドはDeusではなく、サブガイドのGood
luck(グッドラック:嘘みたいな名前だ)。熱帯雨林の中を、黒田さんとおしゃべりしながら快調に歩く。
アフリカの人たちは当たり前のようにスワヒリ語と英語を使う。アフリカン同士の会話にはスワヒリ語、私たちのような外国人には英語で話しかけてくれる。「ちゃんと英語の勉強をしてくればよかったなぁ…。」と後悔が残る。
なだらかな傾斜の道が続き、あまりのポレポレ(スワヒリ語でゆっくりという意味で、キリマンジャロ登山の合言葉のようなものだ)に時々Good luckの前に出てしまい後ろから黒田さんに叱られる。一度は前に出ておかないと気がすまない松ちゃんの性格がどうもうつってしまったようだ。 |
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途中、ランチボックス(トースト・ゆでタマゴ・フルーツ・何か分からない鶏のような肉を焼いたもの・カステラのようなカップケーキ等)で昼食をとる。約30分の休憩の後、また同じような熱帯雨林の緩やかな傾斜の道をポレポレと歩く。鬱蒼とした熱帯雨林の中には十数メートル(ぐらいだと思う。)の滝があったり、ブルーモンキーが居たり、とんでもなくでっかいワラビが生えていたり、見たこともないような花が咲いていたり…。
午後2:00頃、マンダラハット到着。ゲートから1,000mも登ってきたとは思えない。なんだかハイキングといった感じで今日は終了。少々もの足りなさを感じる第一日目の行程だった。
今日の寝場所となる三角形の小屋に荷物を収め、ぶらぶらしているとDeusが話しかけてきてくれた。夕食の準備をしているキッチンに連れて行ってもらいスタッフの紹介をしてもらう。
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チーフガイドはDeus。彼は29歳のハスキーボイスのカッコマン!身に着けているものも他のスタッフとはちょっと違い、キリマンジャロ登山で経済が成り立っているマラング(登山ゲートのある街)ではきっと羨ましがられる存在なのではないだろうか。ちょっとタイガーウッズに似ている。
サブガイドはGood luck。髭をはやした笑顔の素敵な青年。私の姿を見つけると遠くから真っ白な歯を見せ手を振ってくれる。
チーフコックはElnest(エルネスト)。とっても美味しいスープを毎回作ってくれた。
食事時の配膳を担当してくれたのはNelson(ネルソン)。お腹いっぱいで食べ切れず、残してしまったおやつのナッツやフルーツをつまみ食いするかわいい少年。
Wolter(ウォルター)とMoses(モゼス)とはあまり顔を会わす事が無かった。 |
6人で登山中に必要な食料・水・調理に使うガスボンベ・食器等、それプラス、私たち2人のそれぞれ15kgの荷物を毎日標高1,000m上の地点へ運んでくれる。
夕食後、Deusが明日のスケジュールを告げにやってきて、少々雑談をしていく。自分の家族の事などを話し、私たちの事も英語で伝わる範囲内で色々と聞いてくれる。私の歳を聞いたDeusは「You
look like very young!(veryが付いていたかどうかは定かでない。)」と言った。
彼はカッコだけではなくなかなか素直で性格もいいヤツのようだ。
気をよくして、小屋へ戻りシュラフに潜りこむ。
今のところ全く寒さは感じない。シュラフの中は快適である。が、やはり眠ることはなかなか出来ない。うとうととしては目が覚め、またうとうととする。この繰り返しでどんどん時間は過ぎてゆく。
ホントはビールでも飲んで眠りたいところだが、アルコールもこれまた高山病を引き起こす要因の一つになるらしい。そもそも、標高2,800mのこの山小屋にビールなど売っているはずがない。(数年前までは売店があってビールも置いていたらしい)会長、園生、松崎がいたら「やってられん!!」とあばれまくりそうだ。
夜中、トイレへ行くのに小屋を出た。今までに見た事のない、信じられないような星空が広がっていた。
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| 登山2日目 |
今日はほぼ富士山と同じ標高、3,800mまで登る。ガイドはDeus。
前日同様、なだらかな傾斜の道をポレポレ歩く。高度が上がるにつれ、周りの植物の背丈が徐々に低くなり、ドライフラワーのような、生きてるんだか、枯れてしまってるんだか分からないような植物が増えてくる。
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Deusはそれらの植物の名前をひとつひとつ教えてくれる。しかし、そもそもカタカナの名前を覚えるのが非常に苦手な私にとって、見たこともない植物の名前を一度聞いただけで覚えるなんて事はかなり難しく、本当に申し訳ないのだが、ホロンボハット到着時には結局何ひとつ頭に残っていなかった。
2日目の行程もポレポレ終わった。 |
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| 登山3日目 |
(ホロンボハット→ゼブラロック→ホロンボハット)
朝食時、昨日ウフルピーク(キリマンジャロ最高峰)まで行ってきたという東京の学生2人に会う。10時間以上かけ、なんとかウフルピークに行ってきたという。「もう必要ないから…。」と食べる酸素や顆粒のアミノ酸などをくれた。もう、下山するだけの彼らには余裕があって、少し羨ましかった。握手をして分かれた。(名前も聞いたが覚えてない…。どうも、日本語さえも覚える事が出来なくなってきているようだ。) |
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この日は高度順応日。
午前中、Deusのガイドで2時間程度のハイキングに出かける。少し高度を上げ(4,000mくらい?)翌日に備える。ゼブラロックという縞模様の岩の上にキリマンジャロ主峰を眺むビューポイントがあった。
明日歩く道が、くねくねと曲がりながらキボハットへ向け、延々と続いていた。
ゼブラロックからの帰り、かなり急な下りを駆け足のようなスピードのDeusに続く。どうやら、その下りで親指にマメができてしまったようだ。でも、押さえると少し痛い程度で、あまり深刻な問題にはなっていない。
明日からの歩きに影響のないよう祈る…。
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午後は、シュラフの中で、本を読んだりうとうとしたり、全くの贅沢な時間を過ごす。
マンダラハットもそうであったが、ここホロンボハットもかなり快適に過ごせる山小屋だ。寝床にはマットが敷かれていて、電気もあり、トイレは水洗である。
ホロンボハットの小屋のすぐ下には綺麗な水の流れている川もあり、そこで洗濯まで出来てしまった。さすがにお湯が出るような設備はなく、頭を洗うのは数日後の下山した日の楽しみにとっておく。
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| 登山4日目 |
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(ホロンボハット→キボハット:歩行距離約15km)
今日は4,800m(私にとっては未知)の世界へ行く。
この日も道はとにかくなだらかで、ポレポレが合言葉。
マラソンのように息をあげるような事は全くない。「疲れたぁ〜」などという感覚も全くない。心配した足のマメもたいしたことにはなっていない。
だらだら、くねくねの道の両脇にはなだらかな丘陵地が広がる。「クロカンには最適な感じ…。」そんな事を考える。しかし、4,000mを超えるここで走ったりしたら、とんでもない事になるんだろう。ポレポレを続ける。
幸か不幸か、何事にも鈍感な私には「空気の薄さ」というものがよく分からないまま、キボハットへはお昼過ぎに到着した。
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いよいよ、今夜12:00にウフルピークへのアタックを開始する。
目の前の壁のように切り立った斜面に、ウフルピークへの道が見える。
今日までのなだらかな斜面からは想像できない厳しさを感じる。その斜面を見上げていると、登山1日目からずっと同じ行程でここまでやってきた他のパーティーのガイドさんが、「Don’t
worry」「道はジグザク。自分でペースを作って登ればいい!」(←ここは英語。多分こんな感じの事を言ってたと思う。)、「ボチボチ、行こか」と笑ってくれる。(これまでも、私たちの顔を見ると「ボチボチ、行こか」といつも声をかけてくれていた。関西人に日本語を教えられたのかな?)
11時に起床するため、早目の夕食をとる。幸いこの時点で高山病らしき症状は出ていない。なんとなく後頭部が痛むようにも思うが、帽子をずっとかぶっているせいかな?という程度のもので、気にする程のことではなさそう。
夕食を済ませ、とにかくシュラフに潜りこむ。小屋が静まったのは7時過ぎ。少しうとうとするが、ぐっすりと眠りにつくことは出来ないまま時間だけが気になる。
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11:00、Good luckが起こしにきた。
身支度を始める。荷物は出来るだけ軽くしたい。水1.5リットル、雨具、貴重品のみをザックに入れた。
登頂時の気温は−10℃〜−15℃になるらしい。
それに耐えうるだけのものを着込む。
上は防寒用下着、長袖Tシャツ、セーター、ウールのシャツ、薄手のダウン、防寒用のダウン。下はランニング用スパッツ、防寒用下着、登山用ズボン、レインウェアーをかねた防寒用ズボン。手にはスキー用の手袋、顔は目だし帽、ネックウォーマー。頭にはヘッドランプ。
持ってきた登山用品を全て身につけた感じ。すんごい格好だ!!
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| 登山5日目 |
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(キボハット→ギルマンズポイント→ウフルピーク→キボハット→ホロンボハット)
キリマンジャロの最高峰は「ウフルピーク」。しかしギルマンズポイントまで行くと一応「キリマンジャロに登頂した!」と言えるらしい。昨夜、Deusが今日のスケジュールを告げにきた時、「No
push」と言っていた。Deusは無理やりウフルピークへ連れていくような事はしないという。でも、やはり「ウフルピークまで行きたい」そう思う。「最悪でもギルマンズポイントまではなんとしても行きたい。」
12:00過ぎ、外に出る。装備は完璧!!寒くない。
今日、ピークアタックを試みるパーティーは、もうほとんど出発してしまったようだ。目の前の黒い壁に点々とヘッドランプのあかりが見える。
私たちもゆっくりと目の前の壁に足を踏み入れた。
ヘッドランプの明かりは前を行くDeusの足元を照らすだけ。時々首を振って周りを照らしてみるが何も見えない。Deusの足取りだけを目標に砂利の壁を登ってゆく。登りだして少しすると、急に頭が痛くなりはじめ、気のせいか吐き気もする。「これが高山病の症状なのかなぁ?」とも思うが、ここで、止めて下りなければならないというほどではないように思う。とにかくガマンするしかない。
Deusは止まらずにどんどん上へ上へと登ってゆく。休憩している他のパーティーを抜いてどんどん登ってゆく。登るにつれ、頭痛はひどくなってゆく。それよりも、なによりも、とにかく苦しい。何が苦しいのかは分からないが、とんでもなく苦しい。登山口でレンタルした2本のストックは、今までの行程では邪魔者でしかなかったが、この時は頼みの綱となる。重い身体をストックで支えてなんとか立っているといった感じだ。
歩き始めて1時間半、やっと足を止めて腰を下ろす。
何分休んだろうか?再び上へと向かう。
私たちの足取りがかなり重くなっているのを察してか、DeusとGood luckがそれぞれの荷物を持ってくれる。荷物の分軽くなり、動きがよくなるはずが、足取りはますます重くなり、一歩が出ない。
相変わらず、辺りは真っ暗。黒い壁は黒い空と繋がっていて、一体どこまで登ればいいのか分からない。目標が見えず、いったい後どのくらいの時間、「この苦しさ」をガマンすればいいのかも分からない。精神的にも辛い。頭痛と時々襲ってくる吐き気はますますひどくなる。体力的にも、もう限界に近い。辛い。
「やめたい」と思った。
「もういい」と思った。
そう思いながらも、とにかく足を前に出す。「やめたい」気持ちが伝わってしまったか、Deusは何度も振り返り「OK?」と聞いてくれる。「NO!」と言うべきかなどと考える事も出来ないまま、「OK!」と返す。
当然の事ながら、Deusのスピードに付いていけない。付いて行けていない事を感じてか、頻繁に休憩を入れてくれるようになるが、休んでも、休んでも、3歩も登れば、また苦しくなる。
「とにかく、ギルマンズポイントまでは歩こう。」
「何も考えず付いて行こう。」
「ダメになれば、体がダメと言ってくれる。心よりも先に体の方がダメという。}
「それでいいや!」
そんな気がした。
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とにかく、出せる力を精一杯使って、黙々とDeusについてゆく。それしかない。
しかしあまりの苦しさに「OK?」と聞いてくれたDeusに、「Short break!」と言ってしまう。ほんの少し腰をおろし休憩。
すぐに「行きましょう!」とDeusはまた登り始める。
Deusの後ろにつきながら、「本当にもうダメかもしれない…。」そう思った瞬間、Deusが立ち止まった。
何やら標識らしきものがある。「ギルマンズポイント」到着。時間は4時30分。思いがけない登頂であった。
Deusは何も迷う事無く「さあ、行きましょう!」と言ってウフルピークへと歩き出した。
そこからの1時間余りはそこまでの壁のような傾斜に比べると緩やかで、「やめたい」「もういい」などと思うこともなく、先にあるはずのピークのことを考えながらDeusの後に付いた。道の脇には雪が残っていて雪に足跡を付けるような遊ぶ気持ちも少し出てきた。
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暫くすると夜が明けてきて空が白んできた。
少しずつ周りの景色が見え始める。もうあと少しでウフルピークという時、すっかり明けた空の下、目の前に広がった景色に思わず涙があふれてしまった。
何も見えない真っ暗闇のなんの面白みもなかった、辛くて、苦しくて、寒いだけのここまでの行程が、やっと意味あるものに思えた。「やめなくてよかった。ホントにやめなくてよかった。」そう思えた。
そこには、その辛さに耐えた者にしか見ることのできない景色があった。
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感激もそこそこ、15分もすると、「さあ、行きましょう!」「寒い!寒い!」といってDeusは歩き出す。
ギルマンズポイントまでは来た道を引き返し、ギルマンズポイントからキボハットまでは砂利の急斜面をスキーの直滑降のようにすべり降りてゆく。
黒田さんは、Good luckと抱えられるように腕を組み、先をすべり降りていく。どうやらこの下りで、私の足は爪がやられてしまったようだ。マメも出来ている。痛みに耐えかね、立ち止まり先を行く2人の姿を眺めていると、Deusが上から滑り降りてきて私の横に止まり、「You
are small」「But you are strong」と言った。「小さいくせに、(気の)強い女やなぁー!」と言ったのだろうか?いやいや彼はいいヤツだ。「小さいのに、がんばった!」と褒めてくれたに違いない。
キボハットへは約1時間半で到着。朝食を済ませ、今日はホロンボハットまで下りる。Deusはもう「ポレポレ」とは言わない。昨日「ポレポレ」と登った緩やかな傾斜をぐんぐんと下っていく。
寝不足のせいか、少々意識朦朧とした感じで、ホロンボハットに到着。お昼前だった。
ホロンボハットは、下山組、高度順応の滞在組、マンダラハットからの到着組がいて賑わっている。
今日、マンダラハットから登ってきたという日本人2人のパーティーに出会う。2人とも旅行関係の仕事をしている人らしく、それもアフリカを専門としているらしい。 久しぶりに会った日本人という事からか、この土地に詳しい人という事からか、「キリマンジャロコーヒーはどこで買えばいいか?」なんて、『登山』以外の会話もする。
明日は登山最終日。マラングゲートまでの緩やかな坂道を下って行くだけ。足の爪とマメは気になるが、なんとかなるだろう。シュラフに潜り込む。登頂出来たという安心感からだろう、ここまで張り詰めていた気持ちからやっと開放され、なんとも言えない達成感のようなもので、シュラフの暖かさがとても心地良かった。
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| 登山6日目 |
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(ホロンボハット→マンダラハット→マラングゲート)
昨夜、小屋の中でかなり大きな雨音を聞いた。
朝、外に出るとキリマンジャロ主峰は真っ白!昨夜、ピークアタックをこころみたパーティーはとんでもない思いをしたことだろう。
自分の日頃の行いの良さ(?)に感謝!
7:00、朝食を済ませホロンボハット出発!昨日の2人に挨拶をする。(彼らは、無事登頂しただろうか。)
出発時、Good luckが「キリマンジャロ登山の『登り』はポレポレ、『Finish』はQuickly」と言ってにっこり笑う。
マンダラハットまでの間に雨に降られる。濡れた木の上で足を滑らせ、ぐじょぐじょ、どろどろの道の上にダイビング!!(なんで、こんなところでころぶかなぁ〜)
どろんこになりながら、マラングゲートまで下山。
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今日の雨のおかげで、使用していなかったレインウェアー着用!持ってきたものは全て使った。アドバイスをしてくれた、IBSの店員さんに感謝、感謝。唯一使わなかったのは、高山病対策にと持ってきた「ダイアモックス」のみである。
ゲートの登山事務所で、登頂証明書をもらい、ホテルで、スタッフにお礼を言い最終日の行程が終了した。 |
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こんな感じで、私の「キリマンジャロ登山」は終わった。
喉元過ぎれば…ということだろうか。今思うと苦しかったピークアタックさえもあっと言う間の出来事のようで、考えていたより、はるかに簡単に終わってしまったように思える。
マラソンを始めるまでは「42.195kmなんて、きっと特別な能力の持ち主だけが走れる距離なんだ」と思っていた。
同様、キリマンジャロなんてそんなに簡単に誰もが登れる山だなんて思ってもみなかった。実は「キリマンジャロはそんなに難しく考える必要のない、少しの『やってみよう』という気持ちさえあれば、誰もが容易く登れる山なんだ」という事を知らしてくれた黒田さんに感謝する。
もしかすれば、世の中には、「そ〜んなの、無理!無理!」って私が勝手に決めてしまっている、でも、やってみれば「それほどでもないんだ」って事がたくさんあるのかもしれない。
「これから先も、そういう事にずっと出会ってゆけるといいなぁ」と考える。
そんな事を考えると、またまた、私の心は北海道を一人旅していた頃のように「色んなところへ行って、色んな事がしてみたい!」と、わくわくしてきてしまう。
でも、確実に、暫くの間、「キリマンジャロ登山」は私の中で、人生の一大事として心に残るであろう。
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| 2005/11 森有紀子 |